いつの時代でもトラブルは絶えないものです。
ましてや多くの家族が入るマンションでは周りの騒音はトラブルの上位を占める苦情となっています。
今回のお話は、あるマンションで赤ちゃんの泣き声がうるさいという苦情に対して管理人がとった行動が、とても共感できるもので胸に突き刺さったので、ご紹介させてください。

苦情は3つの世帯から寄せられ、それに対して管理人は「意見書」という形でその苦情を言っている3世帯に配布したのです。
その「意見書」の主旨は「子供との接し方」でした。
その「子供との接し方」が私達の忘れていたものに気づかせてくれました。
そして、とても考えさせられたのです。

この意見書、冒頭には「赤ちゃん騒音」を防ぐための具体的な施策として防音シートを導入することを苦情元に丁寧に説明しています。

その後

『今回○○号のお子様の泣き声等について、相当のストレスを抱えていることと存じます。ただし、それは、私たち大人が記憶にない幼少期にやったことと同じなのです。その時、親は、近所の人は、町の人々は、どのようにあなたのことを見ていたでしょうか。迷惑と責め立て、騒音と扱い、排除しようとしていたでしょうか。』




管理人はこの後、さらに大人として自身が考えるべきことを促します。

管理人の“意見”はさらに続きます。
『この度、生活に支障をきたしているということを理解した上で、特別措置を行いました。ただそれでも尚、私たち大人のあるべき姿として、
赤ん坊行為を排除する様な態度・言動を行うのは控えた方がいいのではないでしょうか。彼ら・彼女らは、まだ記憶もない赤ん坊です。泣くのが仕事です。迷惑をかけながらも成長するのが仕事なのです。どうか、マンション内や近隣の場所で○○号の家族や子供に会った時は、温かく受け入れる様、お願い申し上げます。』

この管理人の「意見」の共感をさせられたのか、この苦情元から防音シートによる対策工事の依頼はこなかったそうです。
人間誰しも『我が身』を振り返れば、そうそう他人を責めることなどできないものです。

出典元:clover48