茨木のり子さんは、数多くの素晴らしい作品を残した女性詩人です。
童話作家、エッセイスト、脚本家としても活躍し、戦後の日本を代表する方ですが、2006年、この世を去りました。

茨木のり子さんは、大阪府大阪市で生まれ、愛知県西尾市で育ち、帝国女子医学・薬学・理学専門学校薬学部に進学します。
しかし戦争が始まり、空襲や食糧難に苦しみながら、生き抜きました。
その後、童話作家・脚本家として評価されます。

彼女の作品は、いつ読んでもはっとするような素晴らしいものが多くあります。
その作品をいくつかご紹介します。

茨木のり子さんの詩の中でも特に人気のある作品がこちらです。

『「自分の感受性くらい」
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ』

心が折れそうなとき、誰かのせいにしたくなってしまう、そんな自分の弱さを叱ってくれるような一遍ですね。
「3年B組金八先生」でも紹介されたことがあるので、ご存知の方も多いのでは。

『「一人は賑やか」
一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな森だよ
夢がぱちぱち はぜてくる
よからぬ思いも 湧いてくる
エーデルワイスも 毒の茸も
一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな海だよ
水平線もかたむいて
荒れに荒れっちまう夜もある
なぎの日生まれる馬鹿貝もある
一人でいるのは賑やかだ
誓って負け惜しみなんかじゃない
一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しい
おおぜい寄ったなら
だ だ だ だ だっと 堕落だな
恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
あってくれ』




SNSなどが盛んな現代、いつも誰かと繋がっていたいと感じる人が多いかもしれません。
でも、一人でいることはとても大切なことで、楽しいこと。
自分に問い、自分の声を聞く、それができる時間が、一人でいるとき。
例え大勢でいたとしても、虚しさが残ってしまう…、そんな付き合いは考え物かもしれませんね。

そして最後にご紹介するのがこちらです。

『「わたしが一番きれいだったとき」
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように ね』

青春時代を戦争という過酷な中生き抜いた茨木さんならではの言葉です。
この詩は多くの国語の教科書に掲載され、茨木さんの詩の中ではもっとも有名なもののひとつです。

今こそ、彼女の言葉から、多くのものが学べるのではないでしょうか。
豊かで、物に溢れた時代ですが、心が乾いてしまっている人が多いかもしれません。
茨木のり子さんの詩を読んで、自分自身を見つめ直してみるのはいかがでしょう。

出典元:feely