美人女子マネージャーが急逝。仲間と誓った甲子園への思い虚しく・・・※画像あり

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数々のドラマを生む甲子園。感動・青春の甲子園ドラマの裏にあった実話をご紹介します。

甲子園のベンチでスコアをつけることを夢見ていた古賀竟成館(福岡県古賀市)の舟木あみさん。高校野球の福岡大会を目前に控えた5月30日、小児がんとの闘病の末に17歳という若さで亡くなった。
「甲子園に連れていくから一緒にがんばろう。」部員とそう約束した2日後に旅立ったあみさんと部員の物語とは?

あみさんは3年生ではただ一人の女子マネージャーだった。
人一倍大きな声で選手を鼓舞する姿やマネージャーとしての気配りに部員たちはいつも感心しており、最後の夏もベンチで一緒に戦うはずだった。

異変が現れたのは昨夏の大会。
スタンドで応援中に背中の痛みを訴え、元気な声が聞こえなくなったことに周りは心配したが、すぐに戻ると思っていた。

12月、舟木さんは30人ほどの部員たちを集めこう告げた。
「腫瘍が見つかったの。悪性だから、入院することになるかもしれない。」あみさんの目からは涙が溢れた。
重苦しい空気を振り払おうと主将の緒方海人君(3年)は「頑張って、あみを甲子園に連れて行こう」と声を上げた。
1月の修学旅行には家族に付き添われて現れ、東京観光を楽しんでいた。
そのはしゃいだ姿を見て「夏までには治る」と信じ、仲間と買ったお守りを渡したという。

病状は好転しないまま月日だけが過ぎていった5月。
松永武監督は「みんなで見舞いに行ってこい」と告げた。
病室に入るなり、深刻さが伝わってきた。
病魔は確実にあみさんを蝕んでおり話もできなければ目を合わせることもできない状態になっていた。それでも仲間のギャグに必死に応えようとするあみさんに
「甲子園に連れて行くから。一緒にがんばろう。」
「夏の大会でスコアを書いてほしい。勝ち進んで時間をつくるから絶対治して」と言葉をかけた。

そう誓い合った2日後の朝、あみさんは旅立った。
「甲子園にいってスコアをつけられなかったら困るでしょ」と話しながら亡くなる直前までプロ野球の中継を見ながら病室でスコアをつけていたという。

ガンに侵されながらも仲間との約束を胸に戦い続けたあみさん。

古賀竟成館の大会成績は残念ながら、コールド負けという結果に終わってしまいましたが、きっと部員の頑張りを天国から見ていたことでしょう。
ご冥福を心よりお祈りいたします。

出典元:hitomoti

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