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鎌倉時代末期(1330年頃)、吉田兼好が書いたとされる随筆『徒然草』

清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と合わせて日本三大随筆の一つと評価され、学校の教科書でも必ず登場する文献の一つですね。

授業では中身を咀嚼して教えてくれる学校は少なく、あまり面白味を感じない人も多いのではないでしょうか。

しかし、この徒然草の150段目の文章を現代文にしたら、とても心に響く文章だったというのです。

▼まずは徒然草の150段目、原文がこちら!

能をつかんとする人、「よくせざらむほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらむこそ、いと心にくからめ」と常にいふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。

いまだ堅固かたほなるより、上手の中に交りて、そしり笑はるゝにも恥ぢず、つれなくて過ぎてたしなむ人、天性その骨なけれども、道になづまず、みだりにせずして年を送れば、堪能の嗜(たしな)まざるよりは、終に上手の位にいたり、徳たけ人に許されて、ならびなき名を得ることなり。

天下のものの上手といへども、はじめは不堪(ふかん)の聞こえもあり、無下の瑕瑾(かきん)もありき。

けれども、その人、道の掟正しく、これを重くして放埒(ほうらつ)せざれば、世の博士にて万人の師となること、諸道かはるべからず。

▼これを現代語に訳すと…




これから芸事を身に着けようとする人はとかく「ヘタクソなうちは誰にも見せたくない。こっそり練習して、ある程度見られるようになってから披露するがカッコいい」と言うものだけど、そういうことを言っている人が最終的にモノになった例えはひとつもない。

まだ未熟でヘタクソな頃から、上手くてベテランな人たちに混ざって、バカにされて笑われて、それでも恥ずかしがらずに頑張っていれば、特別な才能がなくても上達できる。

道を踏み外したり、我流に固執することもないだろう。

そのまま練習し続けていれば、そういう態度をバカにしていた人たちを遥かに超えて、達人になっていく。

人間的にも成長するし、周囲からの尊敬も得られる。

今は「天下に並ぶ者なし」と言われている人でも、最初は笑われ、けなされ、屈辱を味わった。

それでもその人が正しく学び、その道を一歩一歩進み続けてきたおかげで、多くの人がその教えを授かることができるようになった。

どんな世界でも同じである。

自ら進んで恥をかくということは難しいけれど、それを乗り越えることで得れるものは計り知れない。

700年もの前に書かれた文章が、まるで自分に言われているように心に刺さります。

時代が変わっても、「人」としての真理は変わらないんですね。

出典元:兼好法師の説く「徒然草」スゲーー! 現代語訳が感動するレベルだった