日本テレビ系で7月5日に放送された「1周回って知らない話」に、モデルでタレントの「にこるん」こと藤田ニコルさんが出演しました。また、番組の中では幼少期の壮絶な過去を語る場面も見られました。

この日の番組は“1周回った3大ブームSP”と題され、相撲、ハーフタレント、将棋が取り上げられました。
この中で藤田さんの幼少期などが紹介されます。ロシア人とポーランド人のハーフの父親と、日本人の母親との間に生まれたものの、藤田さんが3歳のときに両親は離婚します。その後、藤田さんは母親とともに生まれ、故郷のニュージーランドから来日、埼玉で暮らし始めたと説明されます。

母親は藤田さんを女手一つで養うために事務のアルバイトとスナックの仕事を掛け持ち、昼夜休みなく働きましたが、生活は厳しかったそうです。幼少期の思い出を聞かれた藤田さんは「私の家にはクーラーがなく、夏は汗だくで扇風機だけで過ごし、冬は厚着で乗り越えました」と当時の貧しかった環境を振り返りました。

そんな中、母親を助けたいと思った藤田さんはモデルになることを決心します。しかし、簡単にモデルになれて、すぐに売れたわけではありません。

つらい時はいつでも支えてくれた母、その母のために頑張った。

働き続けの母親を助けたいと思っていた中、藤田さんが偶然に目にしたのがファッション雑誌『二コラ』に掲載された専属モデルの募集案内でした。「これなら私もできる」と応募しましたが書類選考で落選。その悔しさをバネにポーズやメイクの勉強をして再挑戦したところ、14,000人の中からグランプリに選ばれ小学6年生でモデルデビューを果たします。

しかし、モデルの世界は厳しく、藤田さんが思ったように活躍できずにいると進学した中学の同級生から「あんなんでモデルかよ」と悪口を言われたといいます。そんなつらい時期を支えてくれたのが母親だったそうです。藤田さんは「いつもつらいときにはそばにいて『お母さんはいつも味方だよ』『お母さんが一番のファンだよ』と言ってくれた、言われなかっら、頑張れなかったと思う」と母親の存在に感謝していました。

母親の応援を受けた藤田さんはその後、トップモデルとなり、さらに“おバカキャラ”で芸能界に進出して売れっ子となりました。番組MCの東野さんから「仕送りしているか」の問いに、給料はすべて母親に渡して、自分はその中から生活費を貰っていると告白、東野さんを感心させていました。

ネットでは藤田さんの意外な面を知ったファンから多くのコメントが寄せられました。藤田さんがバラエティ番組などで引っ張りだこなのは、こうした誠実な姿勢があるからこそなのでしょう。

出典元:netallica