一つの持ちネタで大成功を収めるものの、それ以外のネタがない「一発屋」と言われる芸人はたくさんいますが、そのひとりに「波田陽区」さんも挙げられるのではないでしょうか。

かつては「〇〇ですから!残念~」というフレーズ、独特の風貌の「ギター侍」のネタで一世を風靡しました。
しかし、「一発屋」と呼ばれるようになり、次第に芸人として息詰まっていきます。

そんな中、人生の中のタイミングが重なったこともあり、昨年福岡へと移住しました。
波田さんは、なぜ福岡に移住したのでしょうか。
そして、現在はどのような生活を送っているのでしょうか。

2016年の春に妻子を伴って、福岡へと移住した波田さん。

生まれの山口に近い福岡だったこともあり、地元へと舞い戻った形になります。
そこに所属事務所の九州支部があったのも、移住の理由のひとつでしょう。

「丁度、子供が小学校に上がるタイミングで、自分の環境を変えるには、もうここしかないと」

そう語る波田さんは、「地元に錦を飾る」ような状態ではなく、芸人としては行き詰まり、人気も低迷している状況。
一世を風靡していた頃の面影は、既にありませんでした。

吉本興業では「住みます芸人」がプロジェクトとして、全国各地に移り住み、地元に根付いた活動をしている時代であり、珍しいことではありません。
現在波田さんが所属しているワタナベ九州には、10年以上前に移住した芸人がいます。
彼らは、福岡吉本一色だった土地で、ゼロから仕事を開拓して人気を得た功労者なのです。

しかし、全国区で人気を博した波田さんのような一発屋が地方に移住するケースは例がありません。
そう言う意味では、新しい「一発屋」の働き方を提唱した形になるのではないでしょうか。

移住前には精彩がなかった波田さんでしたが、今の状態はというと、キリッとしており、男前になっています。

「『東京から逃げた』『福岡舐めるな!』と言う人もいると思う。でも、決して福岡を舐めて来たわけじゃないし、東京に戻りたいとは一切思わない。お笑い芸人として福岡にずっと住むつもりです」

現在は、一日に数本の仕事が入る時もあり、充実した日々を送っているそう。
事務所や先輩などの助けもあり、人として必要とされることに喜びを感じています。

「“今は”一つ一つの仕事に感謝してます」と語る部分からは、東京で過ごしていた間、そう思っていなかったことが透けて見えます。

波田さんは、福岡に移住したため、新しい環境に馴染む努力もしているそう。
それは「舐めて来たと思われないように、ADさんにもちゃんと敬語で接している」こと。
当たり前のことのように思うのですが、以前は違ったのかもしれませんね。

他にも、「交通費が抑えられるから九州での仕事は便利」「義父が熊本、両親が山口で交通の便がいい」など、余計な情報を話してしまう波田さん。
その受け答えからは、芸人らしさはあまり感じられません。

表現は雑で、分かりやすい性格。どちらかというと、人間としての欠点の多さが隠しきれません。
しかし、それを愛嬌に変えてしまう魅力が波田さんにはあるのかもしれません。
どこか憎めない、そんな気質を持っているのです。
それは、芸人として素晴らしい武器なのかもしれませんね。

福岡に移住して、まだ一年。地元に根付いた芸人として活躍できるかどうかは、まだ分かりません。
しかし、現在の充実した波田さんの様子をうかがうと、福岡で大成する可能性も高いのではないかと思わずにはいられませんね。

出典元:livedoor